三次元デジタルアーカイブ技術の教育と研究 この章では,平成23年度に広島市立大学で実施された大学院講義「文化財保存学特講B」のうち,三次元計測演習の部分について報告する. 演習は3日間行われた. 2011年9月13日の13時から14時は,三次元デジタルアーカイブ技術がどのような形で研究が続けられているか,実際の事例をもとに解説した. スタンフォード大学[1]ではミケランジェロのダビデ像の三次元形状の計測が行われ,南カリフォルニア大学[2]ではパルテノン神殿の三次元形状の計測が行われ,東京大学[3]ではカンボジアのバイヨン寺院の三次元形状の計測が行われた. このような大規模な文化財を対象としたプロジェクトでは多くの大学院生が協力して何日もかけて現地で計測作業を行っている. そこで広島市立大学の大学院生にも実際の作業を体験してもらうことにした. 9月14日の13時から16時に,広島市立大学の芸術資料館展示室で石膏像の三次元形状計測を体験してもらった. 図1は計測対象の石膏像である. 中国の大足石刻から発掘された石仏から型を取って作られた石膏像である. これを図2にある装置で計測する. コニカミノルタ社のVIVID910と呼ばれる非接触三次元計測装置である. このレーザセンサには赤色レーザを照射する部分とそれを受光する部分から成り立っている. 直線の赤色レーザを対象物体に照射したときに観測される直線の変形具合から三角測量の原理で三次元座標を取得する光切断法[4]の技術を使って計測する装置である. この装置をパソコンにつなぎ,付属ソフトウェアを使って計測する作業を受講者に体験してもらった. 計測対象物体は図3(a)のように撮影位置に応じて部分的な三次元形状データが得られるため,図3(b)のように一つの形状データに統合しなければならない. 三次元形状データの統合処理にはGeomagic社のGeomagic Studioというソフトウェアを使った. 9月15日の13時から15時に,実際に受講者にこのソフトウェアの利用を体験してもらった. 以上,三日間の実習を通して文化財の三次元デジタルアーカイブの計測からデータ処理までを受講者に体験してもらった. 受講生は広島市立大学芸術学部の大学院生だけであったが,このようなデジタルアーカイブ技術に触れる機会は余りないと思うので貴重な体験が出来たものと思われる. 実習を通して三次元デジタルアーカイブ技術を学ぶ授業は今後増えていくのではないかと思われる. 例えば,東京大学の文系と理系の1〜2年生を対象に2006年度に実施された「情報メディア表現論」という授業がある. これも実際に東京の西洋美術館に所蔵されているロダン作の「カレーの市民」を三次元レーザセンサで計測してデータ処理も行う実習の授業である. ヨーロッパでは芸術作品の修復を教育する機関は多いが,日本にはまだ少ない. 日本にも貴重な文化財は多数存在するので,文化財の修復と保存を教育する必要性が今後増加するものと思われる. 三次元デジタルアーカイブの利点として,三次元デジタルデータに対して様々な計算処理を行うことが出来るという利点がある. 例えば,広島市立大学で行われた研究[5]として,鮮鋭化処理を適用した物がある. 計測された実物のデータ(図4(a))に鮮鋭化処理を施したデータ(図4(b))は形がより角張った物になる. この研究では鮮鋭化を行うことで劣化して滑らかになった文化財が当初はどのような印象の像であったかということを再現してみたが,このように実物では出来ないような様々な解析が出来ることがデジタルデータの利点である. なお,この研究では広島市立大学芸術資料館に所蔵されているヘラクレス頭部のテラコッタ像の三次元形状データも計測しており,情報科学部と芸術学部の両方が存在する広島市立大学の利点が生かされた研究となっている. 三次元形状や色彩をデジタル保存する利点は他にもたくさんあるが,なによりデジタルデータとして保存しておくこと自体が文化を後世に伝えるためには重要である. アフガニスタンのバーミヤンの大仏は破壊されて失われてしまった. 鎌倉の大仏は風雨にさらされ今も劣化が進んでいる. 奈良県明日香村の高松塚古墳の壁画はカビなどにより退色・変色してしまった. 貴重な文化財をデジタル保存する技術の研究は増加傾向にあり,国際的な学術会議も数多く開かれている. 例えば,バーチャルリアリティ技術やデジタルアーカイブ技術の国際会議として毎年開催されている物にVSMM(International Conference on Virtual Systems and Multimedia)やVAST(International Symposium on Virtual Reality, Archaeology and Cultural Heritage)がある. また,不定期で国際ワークショップとして,ACVA(Workshop on Applications of Computer Vision in Archaeology)が2003年と2010年に,IEEE Workshop on eHeritage and Digital Art Preservationが2009年に,ACCV Workshop on e-Heritageが2010年と2012年に開催されている. デジタルアーカイブ技術の研究分野が近年急激に発展していることを踏まえ,情報科学の分野と芸術科学の分野の相互の協力による教育や研究が今後はより一層重要となってくるだろう. [1] Marc Levoy, Kari Pulli, Brian Curless, Szymon Rusinkiewicz, David Koller, Lucas Pereira, Matt Ginzton, Sean Anderson, James Davis, Jeremy Ginsberg, Jonathan Shade, and Duane Fulk, "The digital Michelangelo project: 3D scanning of large statues," in Proceedings of the 27th annual conference on Computer graphics and interactive techniques, pp. 131-144, 2000. [2] Parl E. Debevec, "Making "The Parthenon"," in Proceedings of the 6th International Symposium on Virtual Reality, Archeology and Cultural Heritage, 2005. [3] Daisuke Miyazaki and Katsushi Ikeuchi, "Digitally Archiving Cultural Objects," Springer-Verlag, p. 503, 2007. [4] 井口征士, 佐藤宏介, "三次元画像計測," 昭晃堂, p. 189, 1990. [5] 横溝将成, 宮崎大輔, 馬場雅志, 古川亮, 青山正人, 日浦慎作, 浅田尚紀, "幾何学的統計量に基づく3次元形状鮮鋭化フィルタの最適化," 画像の認識・理解シンポジウム, 2012. 図1 計測対象の石膏像 図2 三次元レーザセンサ 図3(a) 得られた三次元形状データ 図3(b) 統合された三次元形状データ 図4(a) 実際の三次元形状データ 図4(b) 鮮鋭化処理を適用した三次元形状データ